昼間なにげなく見たTVドラマで・・・

蕎麦アレルギーで旅館の新人が失敗した話が出ていた。
蕎麦アレルギーって、どれくらい酷い症状を起こすのかというと・・・。
ある患者さんの話ではこうなるらしい。


「受付で「食物アレルギーの発作が出たので治療を」
とお願いすると、受付の人がかなりあわてた感じで手続きをはじめてくれる。
苦しいから早く処置してほしいと思いつつ、『保険証がないから高くつくかも』といったことも冷静に考えていたりする。このころは顔のほてりは最高潮。
傍から見るとじんましんで顔中がどす黒く腫れあがり、表情も読み取れないほどになっていたはず。頭もかゆく、頭髪のある部分を思い切り掻きむしりたい。
しかし掻けば掻くほどかゆくなるだけとわかっているのでがまん。
おとなだし。
息が苦しいのがいやだが、この発作で呼吸ができなくなったことはないので、その分冷静でいることができる。
やって来た看護婦さんと受付の人が
「ほんとうにこの人、一人で歩いてきたの?」
「いや、そうなんですよ」
と話している。それほど重篤に見えるということなのだろう。
「病院の外まではタクシーで」と言おうかと思ったが、その気力もなくなっていた。

昼休みで静かな病院内を、看護婦さんの案内で皮膚科に。
上半身裸にと言われて服を脱ぎ、自分のからだを見てみると、まだ上半身にじんましんは現れていない。
今のところ首から上の表面と口から気道に至る内部だけにとどまっていてくれているようだ。
時間がたつとこれが全身にまわり、からだ中を掻きたくなる。
ただちに点滴がはじまった。ベッドに仰向けにされたが、これだと喘息が苦しい。
ベッドに腰掛ける姿勢をとらせてもらい、ややうつむきに。
喘息のときはこの姿勢が楽だ。
寄りかかるコタツか何かがあるともっと楽なのだが、病院だからしかたがない。
マスクを着け酸素を供給。
これは初めての経験だった。
が、マスクの内側ではとどまることなく鼻水が出てくる。
看護婦さんにとってはどうということもない問題、というかそれよりも大きな問題があるのだから鼻水如きを問題にはしていられないのだろうが、こちらとしては垂れた鼻水がマスクの底部を動いていくのが感じられ、気になってしかたがない。
しかし右手には点滴の針、左手ひとさし指には謎の測定装置を固定されているため、なすすべもない。
気づいた看護婦さんがときどきマスクをはずして鼻水をぬぐってくれるのだが、それも恥ずかしい。
病者にとっての、マイナーだが大きな問題。

点滴がはじまってすぐに呼吸が楽になってきたのがわかった。
そうそう、薬さえあればすぐに楽になるのだからと思っていたら、お医者さんに
「家に連絡してご家族に来ていただいてもいいですか」
と聞かれた。
「いやそんなことはしなくても」
と返事をすると
「おひとりで帰すのは心配な容態です」
と告げられる。
もし来てもらえれば保険証も何とかなるかと思い、承諾。
でも内心は、治ってしまえばどうということもないと思うのだが、と考えている。

呼吸はだんだん楽になってくる。
顔面の腫脹も引いてくるのがわかる。
かゆいのも引いていく。呼吸が楽になったのだから
「マスクをはずしてもいいだろうか」
と提案すると、お医者さんは左手の謎の装置も見ながら
「呼吸が楽になったにしては、それに酸素を吸入しているにしては血中の酸素量が少ないんです」
と言う。
呼吸が楽になったのでとりあえず仰向けに寝る。
「眠くなる薬が入ってますから、眠ってもいいですよ」
と言われてすぐにうとうとしはじめる。
でも頭の中では「血中の酸素量が少ないから足先が冷たく、手先がしびれているのだろうか」などと考えている。
手先はしびれているだけでなくむくんでいる。

このあとは5時ころまでうとうとしながらの点滴が続いた。
一時は最高血圧が低かったのだが、それもいつもの値に近づいてきた。
その間に保険証を持った妻が登場。薄い財布の心配をしなくてもよくなった。
やれやれ
ひどいときの症状を知っている妻は
「ずいぶんよくなっている」
とこちらの顔を見てほっとしている。
そうなんだよ、投薬があればひとりでも帰ることができたんだよと思ったが、点滴がほとんど終わろうというときになっても全身のだるさと手足の冷たさは解消されていない。
だるさは薬の作用によるものかもしれないが、末梢の冷たさと特に手指のしびれは何なのかと気になる。
結局手先のしびれは家に帰っても残り、次の日起きたらなくなっていた。

昼休みからずっと付き添ってくれた看護婦さんと先生にお礼を言い、夕暮れの水戸の町を駅に向かった。
水戸に来たらドライ納豆とアンコウ鍋の具を買って帰ろうと思っていたのにそれも果たせず、学校で先生にしかられ、迎えに来てくれたおかあさんと家に帰る、といった気分で家路に。
来てくれてよかった。
帰りの車内もほとんど寝ていた。ひとりだったら乗り過ごしていたところだった。
家に着いて夕食を食べたらまた眠くなり、そのままベッドに。こうして予期せぬ受難の一日は暮れた。

次の日ホテルに電話してメニューの確認をして愕然。
わたしの食物アレルギーの原因は、今わかっているのは蕎麦とマカダミア・ナッツの二種類なのだが、わたしがあやしいと思って口からだした唐揚げではなく、その前に食べていた山芋の磯辺揚げが原因だった。
短冊状になった山芋の外側に、なんと粒状の蕎麦の実がまぶしてあったということだった。
どれほどまぶしてあったのかはわからないが、摂取量としては自己最高だろう。
日本蕎麦3センチほどを飲み込んでも症状が出る。
製麺所で蕎麦とうどんを作っていて、うどんのほうにわずかにまざった蕎麦粉で症状が出る。
蕎麦をゆでた湯でうどんをゆでれば、それでも症状が出る。
蕎麦殻の枕をたたいただけで喘息になる。
それとくらべると、かなり大量に摂取してしまったということができる。

ただし朗報と思えるのは、かなり大量に摂取しても、その症状(とりあえず初期症状)は微量を摂取したときのそれと変わりないということだ。
症状が本格化するまでの時間も20分ほどあるということがわかった。
こういうことは実験することができない(というより実験する気になれない)し、他の人のデータと比較することもできないから、たまたま症状が現れないとわからない。
それにかなり注意してそばを避けているから症状そのものがそうしばしば現れるものでもない。

その意味から言うと今回の経験はかなり貴重なものだったと言うことができるだろう。
血中の酸素量が医師の目から見て心配なほど減るということもわかったし。
血中の酸素量が減るということは、長時間に及べば脳にも影響が出るということか。
帰り際に
「今度発作が出たらすぐに救急車を呼んでください。
救急車というのは今日のあなたのような人のためにあるのですから」
とお医者さんに言われたことを思い出す。


とまあ、このように酷い症状がでると言う。
情報掲示の○○さん、ありがとうございましたー、筆力がある文体で臨場感満天だした。

アナフラキーショックで死に至ることもあるらしい(抵抗力のない子供や老人は)。

食べ物を提供する施設(ホテル・旅館・その他飲食施設)は、必ずアレルギーの有る無しを事前に聞いてくれるわけではないので、蕎麦アレルギー持ちの子供と一緒に旅館などに宿泊する際は必ず申し出ておく必要がある。

今日見てたドラマでは母親は事前にその旨を伝えていたにもかかわらず、何故アレルギーを発症させてしまったのか?
子供の夏休みの課題を手伝うために盛岡を案内していて「饅頭」を馳走したときに、その饅頭にそば粉が含まれていた次第であった。
不注意であるのは、口に入れるものへの注意がなかった事。
サービスや親切心からでる「もてなし」で接遇する相手に「毒」を食べさせたようなものだから、そりゃー母親は怒るわなー、そこまでは判るけれど。

必死の形相で、その経済評論家の母親が帰路につく駅舎まで行き、あやまろうとする若い仲居に向けて、ぐちゃぐちゃと嫌味たらたら言う姿に、えらい嫌悪感がこみあげた。
連れてきた餓鬼がアレルギーでおっちんだのならまだしも、ぴんぴんして一緒に帰ってるではないか、土下座までして謝罪してる相手に人格破壊の罵倒をするない「このクソアマ!」とTVに向かって吼えてしまったのだ。
この作家はツボを心得ているから、つい乗せられてしもた、客といえば神様の図式でアホになる消費者の醜い姿をうまく表現しとるでないの「むっはー、はまったぁぁぁ」と思ったのだす。

旅館という古式豊かな「仕来たり」の世界での責任の取り方の面白さは、なるほどと思わせるものがあったなー、ただ上の者だけが格下げになり事故を起こした当事者がお咎めなしというのは「あんたは、ここを辞めなさい」と無言で言い放ってるようなもんだわな。
「饅頭」一個で「はい首」の世界になるところが「怖い事につながる危機管理」講習会のようで面白かっただす。

どんなTVドラマなんぢゃというと
こんなんぢゃ
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和服のおねーちゃん可愛かっただすよん、服の色合いもフイットしてたし ぐふ。
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なんでも
「どんどハゲ」というドラマらしいぞ つるぴかー明るいドラマらしいが。

「どんど晴れ」の間違いだした(わざとらしくて、いいやなー)。
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by mack31452000 | 2007-05-19 15:55 | 日記